授賞者の研究業績の紹介
2017年度
第10回宇宙科学奨励賞授賞者
宇宙工学分野
授賞候補者:北村 圭― (きたむら けいいち)
横浜国立大学大学院工学研究院・准教授
業績の題目:衝撃波を安定にとらえる流体計算法の提案とそれを用いたイプシロンロケッ トの空力特性の解明
イプシロンロケットは、M-Vロケットの後継機として2010年から開発が始まり、2013年
に試験 1 号機が打ち上げられた。北村氏は衝撃波を捉える際のこれまでの流体計算法の問
題を整理し手法を改良することにより、宇宙機の開発に役立つ流体計算法を提案した。更
に、 イプシロンロケットについて、提案手法を用いた空力解析や風洞実験に取り組み、イ
プシロンロケット開発に主導的な貢献を果たし打上げの成功に寄与している。 顕書な業績を以下にまとめる。
1.衝撃波の計算における異常解の解析
ロケットの開発に於いては、ロケットの空力特性の解析が必要である。しかし、極超音 速流れの(圧縮性)流体計算は、衝撃波の「カーバンクル現象」に代表される異常解が発生
し、物理的におかしな数値解に至る事が知られており、衝撃波のロバストな捕捉と加熱の
正確な予測は、依然として困難な状況である。発生パターンすら明らかでなかつたこの問
題に対し、北村氏は世界で初めて 1 次元および多次元の衝撃波異常を独立して整理する体
系的な数値実験法を提案し実行した。そして、その数値実験結果から、衝撃波の異常解が
「数値的に表現される衝撃波の内部構造」に起困する事を明らかにした(論文1)。
2.衝撃波で安定な計算手法SLAU2の提案
北村氏は、衝撃波の数値的な内部構造に着目し、衛撃波内部にのみ適量の数値散逸を付
加する事で、他の物理現象(例えば境界層)の解像度を損なわずに、1 次元および多次元両
方の衝撃波異常を抑える事に成功し、新しい数値計算手法SLAU2(Simple Low-dissipation
Advection-Upstream-splitting-method 2)を開発した(論文2)。SLAU2はその簡便な定式化
にも関わらず衝撃波異常を起こしにくく、また低速流れにも適用可能である。現在 SLAU2
は航空宇宙分野の汎用流体解析コードFaSTAR(JAXA)に実装されて、イプシロンロケットの
空力特性解析など多くの流体問題に適用されている。今後ますますの利用が期待される。
3.イプシロンロケットの空力特性の解明
イプシロンロケットについてマッハ数、レイノルズ数、突起形状の空力的な影響を数値計
算と風洞試験の双方から詳細に調べた。風洞試験で取得困難とされるレイノルズ数や模型
支持部の影響、ロールモーメント等は、提案手法を用いた数値計算で取得し、数値計算が
いまだ苦手とするベース流れについては、風洞試験で支持部の影響を慎重に排除しデータ
を取得した。こうして双方の長短を理解し補いながら、イプシロンロケットの空力特性や
流体物理を解明した。例えば、ノーズフェアリングの径が大きいほど、フェアリング周囲
に発生する衝撃波を通過する流線の衝撃波角度や、それに伴う総圧損失も大き<なり、この
流線が下流に配置された姿勢制御装置に及ぼすロールモーメントは小さくなる。また重心
付近のストリンガやダクトといった突起部分が作り出す馬蹄渦は、風上側と風下側の圧力
差を緩和し、結果として機体にかかる法線力を大幅に低減させることを明らかにした(論
文3)。
北村氏は、ロケットの飛行において発生が避けられない衝撃波を安定かつ高解像度で捉
える数値シミュレーション手法 SLAU2 を提案するとともに、イプシロンロケットの空力特
性の解析や風洞試験も行い、イプシロンロケット開発に貢献してきた。現在、北村氏は、
ロケットが高迎角時に作り出す非対称流れや横力、そして突起部分が生み出す渦構造やロ
ールモーメント等、極超音速流れの研究を進めている。更に、提案手法を利用して、国際
共同研究により、混相流(液体ロケットエンジンのキャビテーション)、超臨界流体(液体ロ
ケットの推進剤注入)、電磁流体(宇宙機の大気圏突入)等、幅広い分野の研究を展開してい
る。今後も当該分野を中心に我国の宇宙工学の発展にリーダーシップを持って貢献してい く研究者となることが期待され、氏に宇宙科学奨励賞を授与することとなった。
関連する論文リスト
1.K. Kitamura,P. Roe, and F. Ismail, “Evaluation of Euler Fluxes for Hypersonic Flow Computations”AIAA JOURNAL Vol. 47, No. 1, January 2009
2. K. Kitamura, E. Shima, “Towards shock-stable and accurate hypersonic heating computations: A new pressure flux for AUSM-family schemes” Journal of Computational Physics 245 (2013) 62–83